前沢資料館

奥会津の昔を今に伝える「前沢曲家集落」は人と同じくらい大切にされてきた馬と一緒に暮らす便利な造りにできています。
馬は、田畑を耕し、暖房用の燃料となる薪や住まいの建築用に切り出した材木を運ぶのに大活躍しました。
特に、雪深い奥会津は2mも3mも積もった雪の中を馬車で物資を運搬したり、人間の何十倍もの仕事をしました。
曲家は、この馬に食べさせる「餌」の倉庫も備わっており、家族も大家族が多く、一緒に「囲炉裏」を囲んで食事をしたり、夜なべをしたり、おばあちゃん、おじいちゃんお母さん、お父さんの教えを子供に伝える場でもあったそうです。
物が不足していた時代、履物のわら草履、わら靴、そして衣服に至るまで、自分で作っていたと聞きます。
小さいころから、親のしてきた事を「体」で覚えて早く仕事ができるようになったのだと思います。
家族が助け合い、一生懸命生きていた様子が伺えます。食糧もまた、自給自足が基本、春に種を蒔き、秋に収穫、それを長い冬の蓄えにしていたのだと思います。
白いご飯もお腹いっぱい食べる事ができず、「大根の葉」や「かぶ」の葉っぱを入れて食べていたそうです。

中門造りとは・・・・・・

うわえん 母屋部分の中央に位置し、多くは天井がなく屋根まで吹き抜けた大きな空間。
床は畳が敷かれ表側の一間にのごえんと呼ばれる床板がある。
どまとの間にかき込みまれてあがり口があり、ながどから出入りできる。
中央よりしたえん側にいろりが切ってあるが、したえんは大黒柱・小黒柱の間の敷居を挟んで、うわえんより4~6寸低くなっている。どまからは1尺半ほど高くなっていて全体が床板であった。
どまとの境には建具がなく空間的に一続きであり、天井は、屋根裏の床をかねる裏板が張ってあった。食事の支度から食後の団欒まで、いろりを中心に行われ日常生活の場であった。
うまや 曲がりの間口をほぼ2分した奥行きを持ち、間口は2間~4間で、1頭又は2頭の馬を飼っていた。
どまより少し掘り下げて、わらを敷いてをこえを作った。
土間に面しては、うまぶねとませんぼうで仕切られており、人がいつも馬の様子を視る事が出来た。
外側は板壁とこえだし口が付いていた。
ちゅもんは、うわえんの裏側にあって1間の奥行きを持ち、うわえんと同じ2間半である。
通常板床で、今も昔も納戸として使用されているが、現在では改造されて子供の勉強部屋になっている家もある。

間取り
  1. へや  開口部が少なく閉鎖的で、世帯主夫婦の寝室や出産にも用いられました。
  2. ざしき 床の間、仏壇があり、格式の高い部屋です。葬式や行事、大切なお客様に用いられました。
  3. ちゅうもん したえんとうわえんを繋ぐ位置にあり、以前は大家族などで寝室に使われてました。
  4. うわえん 寄り合いや結婚式、葬式に用いられてきました。
  5. したえん(いろり) 炊事、食事近所の人との対応など日常生活の中心でした。
  6. のごえん 床は畳が敷かれ表側の一間にのごえんと呼ばれる床板がありました。
  7. どま 昔は農作業空間であったうえ、便所、うまや、風呂桶がありました。
  8. すいじば(ながし) したえんの右側にすいじばが並び、古くは土間が回りこんでいて、ここにみんじゃ(水屋)、かまどがおかれていました。
  9. うまや 曲りの間口をほぼ2分した奥行きを持ち、間口は2間から4間で、1頭または2頭の馬を飼っていました。どまより少し掘り下げて、わらを敷いてこえを作りました。
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前沢集落